カテゴリ:September 2022



24日 9月 2022
大西くんが撮ってくれた私。八戸。...
08日 9月 2022
チラシを送りに郵便局へ行く途中、通り道にある近所のクリーニング屋さんの店先に工事の作業員の人が3人座り込んでるから、あれ?と思ったら、閉店のお知らせが貼ってあった。呆然としている私に「こんにちは〜」と真ん中に座ってる作業員の人が声をかけてくれた。1ヶ月くらい前に閉店していた。ということは私は1ヶ月この道を通ってなかったんだ。通った気もするけど、工事してなかったから気が付かなかったのか。お店の中はすっかり空っぽになっていた。あんなにたくさんの服がびっしりとかかって、小さな工場みたいにいろんな機械があったところ。店主のおじさんは、おしゃべりではないけど何かと話してくれる人で、会話をいろいろ覚えている。閉店のお知らせには、60年間ありがとうございました、と書いてあった。60年間毎日いろんな服を見てきただけのことがあるな、と思った。60年間。私がクリーニングに出す服と言ったらよっぽど大切にしている服で、おじさんはその私が大事にしている服を、いつもふんわりきれいに仕上げてくれて、受け取りに行くと、その服について、私がうれしくなるようなことをポロッと言ってくれるのだった。 衣装用に買ったお気に入りの白いワンピースが、そろそろ私も年齢的に微妙かなあと思って着ていなかった間にいつのまにやらシミができていて、その時もあわてておじさんのところに出しに行った。数年放置してたから大丈夫かな、白だし、ちょっといい生地だし、と心配だったけど、受け取りに行くと、もちろんシミもきれいになって、ワンピース全体がまるで空気が入って踊り出しそうに軽やかになっていて、 「あなた、これ着てもっと遊びに行ったらいいよ」 と、おじさんは言ってくれた。それだけですごくうれしくなった。ここ最近は素敵だなと思う服はほとんど衣装になって、プライベートで遊びに行くときはかえってどうでもいい格好でリラックスしてしまう。でも素敵な服でどこかへ遊びに行くって、すごくたのしいことだったもんね。お気に入りだったのに、雨で濡れたままうっかり袋の中に入れっぱなしでくちょくちょになってしまったトレンチコートも、やっぱりふんわり踊り出しそうにしてくれて、買った時より素敵になってて、さっそく着て出かけたら、たのしくなって思わず飲みすぎて、どこかにベルトを落としてきてしまってまだ見つからない。おばがせっかくカナダで買ってきたのに「あったかすぎて気絶しそう、台湾でこんなの着たら気が狂う」と私にゆずってくれたダウンコートも、おじさんが、 「これはね、ものすごく上等なコートですよ」 と言いながらとても丁寧にたたんで大きな袋に入れてくれて、私はそうしてくれるおじさんのことも、そんないいコートをあっさり私にくれてしまったおばのことも、ああ大好きありがとうと思いながら、なんとも満たされた気持ちでふかふかのコートを抱えて、尼寺を通り、畑の横を通り、一歩一歩かみしめるようにして家に帰った。 おじさんはなぜだか私のことを「井沢さん」と呼んでて、わざわざ訂正するのもな、と思ってそのままずっとあのクリーニング屋さんでは私は井沢さんで、スタンプカードも井沢で更新してもらったし、タグにもずっと「井沢様」と達筆で書かれてあった。きっといつぞや、私みたいな、本当に時々しか来ないけど、その時々来る時はいつもすごーく大事そうな服を持って、決死の表情でお財布を握りしめていた(おばのコートはクリーニング代が6000円もした!)井沢さんがいたのかもしれない。 これからどこのクリーニング屋さんに行ったらいいだろう。60年間ああやってみんなとみんなの服を大事にしてくれたあのおじさんが、きっと元気でゆっくり休んでいますように。
05日 9月 2022
今月はライブが少ないからたくさん海に行けてうれしい。海に関してはルーティンが決まっていて、夕方くらいになったら一旦作業をやめて、徒歩か自転車で海に向かって、途中コンビニでビールかワインを買って、海に着いたらタオルをひいてからまず泳いで、そして本を読みながらゆっくりお酒を飲んで、日が暮れたら帰る、それだけ。大してお金もかからないから(ビール代くらい)毎日でもできるし、そして毎日このようにしていると、本当にしあわせな状態になる。かつて私が20代の生きづら女子だった頃、Happiness is a state of mind って友人に言われて、こんな状況下にある私にそんな坊さんみたいなこと言われても、と思っていたけど、あれから15年以上かけて、やっとそういう state of mind の中に自分を入れてあげられるようになった。海のおかげ。浜辺で本を読んでいて、時々ふと顔を上げると、目の前にある世界があんまりにも圧倒的に美しくてびっくりする。しばらくそうやって胸を打たれたまま、特に何を考えるわけでもなく、ただ、はあーってなって、ぼーっと海とか空とか雲とか眺めて、そういうのを繰り返している間にだんだん日が暮れてきて、パキッとした光の強い青い世界が、とろーっと、世界中全部とろーっと包むみたいにピンクっぽくなって、いろんな境界線がとろとろしてきて、昨日はそうやってうっとりするほどとろとろしてきたところで、ふと回りを見たら、いつもよりちょっと人が増えていた。少し暗くなった中を子どもがはしゃぎ声を上げながら走ってきて、ちょっと離れたところにはポータブルソファでワイングラスを傾けてる女子3人組がいたり、またちょっと離れたところには夕焼けの方に向かって並んで座る夫婦が、みんなちょっとずつお互いから離れて居場所をつくっている。 いつも波打ち際ギリギリのところに大きい椅子を出して、そこに座って本を読んでいる人がいる。遠目からしか見てないけど、もじゃっとした髪で、私なんかは誰がどう見ても「私、海に行くんです!」という格好で海にいるんだけど、このもじゃっとした人はいつもちょっと厚着で長ズボンで、海感が全くない。そんな感じで波打ち際ギリギリに座っているので、すごく目立つよなあと思っていたら、その人はいつの間にかいなくなっていて、その代わりにというわけではないけど、飲みものや食べ物が入ってそうなバスケットを持った子ども連れの人たちがまた少し増えて、半月がきれいに光っていた。 帰りにFUJIスーパーに寄ると、例のもじゃっとした人が買い物カゴを持ってそこにいた。あ、と思ったけど別にどうというわけでもなく、のんびり売り場を回って、お会計が666円で、自転車に戻って鍵を開けて、さあ行こうと思ってスタンドを蹴ったら、ドーンと花火が上がる音がした。 「今日7時から茅ヶ崎の花火なんだって」 と話すサーファー二人組が私の横を通り過ぎた。私も早く帰ってベランダからちょっとでも花火を見ようと思って、花火の音を聞きながら自転車をこぎ、家に着いて、先日友人が持ってきてくれたワイン(これは私が前に彼女の家へ行った時に買って行ったもの)の残りをグラスに入れて、ベランダへ出た。ベランダから見て斜め右の方に、直径20cmくらいの、赤い大きなハートが上がった。お隣さんのとこの子どもたちもベランダにいるみたいで「見えるよ」「でもちっちゃい」とか言っているのが聞こえる。さっきスーパーで買ったお花をいけなくちゃと思い出して、一旦部屋に入ってとりあえずお花を水につけ、ワインを注ぎ足してもう一度ベランダに出る。花火はポンポン上がっていて、うちの周りはとても静かで、虫の声と時々通る車の音だけがしている。大きな大きなくす玉みたいな、大体どの花火大会でも最後の方に上がる花火が上がって、「あ、これで終わりだ」「もう音しかしなくなった」と隣の子たちが言い、カラカラと戸が閉まる音がする。一日の終わり。私も部屋に入って、ママに電話する。LINE越しに大きくなった愛之助を見る。また作業の続きをしてみるけど、しあわせすぎるのかワインが効いてるのか仕事にならない。あーもういいや、と思って寝っ転がる。こういう時間が若い時の私にもあったはずなのにね。いろんなものがこんなにも調和していている時間があって、奇跡と呼ぶのか幸福と呼ぶのか、そういう時間が必ずあったはずなのにね。
03日 9月 2022
STAXでのライブの後、友人の家に泊めてもらって、久しぶりに朝のテレビの音を聞いた。友人夫婦ものんびりできる朝だったのか、シャキシャキしてる朝の感じじゃ全然なくって、友人はテレビの前のラグの上でごろごろ寝っころがってるし、だんなさんの方はパジャマからパジャマとそう変わらない服に着替えて、そっか、そういえばこの人と会う時って仕事帰りでもいつもこんな服だったな、と思い出して心が和んだ。テレビではひたすら台風のニュースをやっていて、台湾や宮古島が3Dっぽい天気図に出てきて、こうして見ると台湾って大きい。那覇の空港では、なんとか東京に戻ろうとする人たちが大行列をつくっていた。 ラグの上で腹這いで寝そべっている友人が、カッと頭をあげ、開いてない目で私の方を見て、うわごとのように聞き取れない言葉を発している。 「えっとね、ポットにお湯が入ってるって言いたいみたい」 だんなさんがにこにこしながら翻訳してくれて、私はテーブルの上に置きっぱなしの昨日ビールを飲んだグラスを水ですすぎ、ポットのお湯を入れて飲んだ。このだんなさんはまるで空気がおいしいみたいないい声をしてると前々から思っていたけど、こういう時に聞くとますますいい声だな、としみじみお湯を飲んだ。 ドイツにも無事行って帰って来れたし、いろいろなよいことがあったから、これは神様にお礼しなくちゃなと思って、江の島へ行った。友達のこともそうだし、STAXでもそうだし、その前も、その前も。リハビリもいいみたいで、参道の長い階段がずっと楽になっている。 テレビであれだけ台風のニュースをやっていて、天気予報も雨だったし、実際すごく曇っていて、来てみると江ノ島にはほとんど誰もいない。まだ朝早かったのか、お店もほとんど閉まっていて、どこから来たのか、蛍光色ピタピタのサイクリングウェアとサングラスの人がひょっと現れて、 "Good morning!" と私に挨拶をした。そのほかはまだ若そうなかわいい三毛猫、妙に真剣なカップル1組、釣り人。貝作もまだ開店準備をしている。 江の島をぐるっと稚児ヶ淵の岩屋まで、森にも寄って、時々雨がぱらつきながらも無事に一周できたと思ったら、ゴロゴロと雷が鳴り、結局ずぶ濡れで帰った。ここまでずぶ濡れになるのは久しぶりだな、と思いながら自転車を漕ぎ、もう急ぐのもどうでもいいくらい完全に濡れしょぼたれていたので、いろいろ思い出しながらのんびり漕いだ。一応レインコートを持ってきていて用意がいいつもりだったけど、ここまで降ると私のペラペラのレインコートでは役に立たず、しっかり入ってきた雨が袖のたわみに溜まっていた。 こういうことが昔、まだ母が日本にいて、私たちが荻窪に住んでいた頃もあった。確か中3の夏休み、井の頭通りの三浦屋まで母と自転車で一緒に買い物に行って、その後に確かすかいらーくでお茶をしていたら大雨が降ってきた。もう少し小降りになるまで待つんだと思ったら、母が「行こう」と言った。確か母は髪が肩くらいでパーマをかけていて、ヘアバンドをしていて、黒い半袖のカットソーを着ていた。私は濡れるのは嫌だと思ったし、実際途中まで嫌だったけど、時々前を見ると自転車を漕ぐ母の後ろ姿がなんとなくうきうきしていて、それを見ながら帰っているうちに、だんだん私もたのしくなってきた。母にはきっとずぶ濡れで家に帰った思い出がたくさんあったんだろう。当時の私にはなかったそういう思い出が。ママたちが小さい頃、大体傘なんてあったのかな。母も私も、服のままプールに飛び込んできたみたいにびしょびしょになって、でも家に着くと母はすぐ母に戻って、手際よくバスタオルやらを出してきて私の世話をした。思えばあの母は今の私くらいの年で、リハビリのたび大きな鏡に映る私の二の腕は、嫌なくらい母に似ていて目がいく。掰掰肉。バイバイ肉。そんな中国語は子どもの頃には知らなかったし、その頃にはもしかしたらなかった言い方なんだろうけど、嫌味で味わい深いのがいい。